消費者意識の目覚め 5
1863年、南北戦争は北軍が勝利し、奴隷解放が宣言されました。
それまで農奴だった南部黒人たちは、身分的には自由にはなりましたが、それは同時に餓死する自由でもありました。
切迫した生活苦が新たに待ちうけていたのです。
ブルースはそんな境遇に置かれた時に初めて生じる、内的欲求が歌になったものです。
1890年代になると、さまざまな黒人音楽が開花しはじめます。
ケイク・ウォーク、ストンプ、ラグタイム等のダンス音楽は都市部で行われ、メンフィスやルイビルではジャグ・バンドが活躍しました。
ブルース・プレイヤーは舞踏的にテンポ・アップしたブギ・ウギを演奏しました。
黒人音楽はさらにニューオーリンズ、アトランタ、ダラス、セントルイス、カンザスシティ、インディアナポリスといった都市に拡がっていきました。
この波はやがてニューヨーク、ワシントンDC、シカゴにも伝わっていき、さらにはジャズの拾頭によって新たな展開を迎えることになります。
ジャズが生まれたニューオーリンズは、アメリカの中でも特殊な地域です。
フランスとスペインの支配を受け、多分にコスモポリタン的雰囲気を漂わせています。
とりわけ黒人女性との間に生まれたフランス系混血児のクレオールはユニークな存在でした。
奴隷解放で没落したクレオールのなかからはすぐれたミュージシャンがあらわれ、ジャズ文化がそこから芽生えていきます。
やがて第一次大戦でニューオーリンズが軍港となるとともに、歓楽街として栄えたこの街も火が消えたようになり、ジャズの中心地は工場労働者の需要の増したシカゴに移っていったのです。