消費者意識の目覚め 3
大衆文化は、極度の貧困のなか、つまり企業文明の外で極度に差別化された社会のなかで生活する黒人たちによっても、雑草のように根強く創造されつつありました。
そこで社会の最底辺の黒人たちが、アフリカの祖先たちが伝えてきたリズムを呼び起こし、これを新たな形に再生させたポピュラー音楽について、一瞥してみることにします。
ポピュラー音楽は20世紀的現象といえます。
農業の目に見える衰退と、これに伴う急ピッチの工業化は、人びとを都市へ集中させました。
彼らの多くは工場で低賃金で働く、黒人など多種にわたるマイノリティの異民族でした。
彼らはスラムを形成し、それぞれ固有の共同体の中に暮らしていました。
このような企業文明から疎外された社会階層がポピュラー音楽を生み、発展させる母体となったのです。
また他方で、マスメディアの発達や蓄音機やラジオなどの技術進歩がそれに拍車をかけ、独占資本化と大量消費の企業文明の形成の渦中で、ポピュラー音楽は育っていったのです。
実際、19世紀末から20世紀の初頭にかけ、ニューオーリンズではジャズが、アルゼンチンのブエノスアイレスではタンゴが生まれ、ブラジルのリオデジャネイロ、キューバのハバナなど、アメリカ南北大陸各地で同類の都市音楽が次々と産声をあげています。河成鎮一郎氏によると、これらの共通点は、インディオなどの先住民やアフリカから奴隷として送りこまれた黒人と、欧州諸国の植民者との混血文化であることです。
したがって、それぞれの国における支配、統治の方法の違いが、大きく音楽の性質を変えていくことになるのです。